2009年11月12日
星の王子さま
体裁は児童文学ながら、中身は、子供の心を失ってしまった大人に向けての示唆に富んでいる。« l'essentiel est
invisible pour les yeux » 「大切なものは、目に見えない」(内藤濯の訳。直訳は「本質は眼では見えない」)を始め
とした本作の言葉は、生命とは、愛とはといった人生の重要な問題に答える指針として広く知られている。この作品の元
になったと思われる、1935年のリビア砂漠での飛行機墜落事故の体験は、サン=テグジュペリによる随筆集『人間の土地
』(新潮文庫、1998年版から宮崎駿の表紙イラストになった)で語られている。
初版以来、作者自身による挿絵が使われ、素朴な主人公や脇役の姿は作品とともに愛されている。
物語の前置きでは、この本を、フランスに住んでいて困難に陥っているあるおとなの人に捧げると述べられている。この
献辞にある「おとなの人」「子どもだったころのレオン・ヴェルト」とは、作者の友人のジャーナリスト、レオン・ヴェ
ルトを指している。当時は第二次世界大戦中で、ヴェルトはヨーロッパにおいてナチス・ドイツの弾圧対象となっていた
ユダヤ人であった。
日本では、岩波書店が独占的な翻訳権を有していたが、原作の日本での著作権保護期間が2005年(公式サイトによれば
2005年1月22日)に満了したため、論創社・宝島社・中央公論新社等の数社から新訳が出版された。ただし、日本語の書名
である『星の王子さま』は、岩波版の翻訳者であるフランス文学者の内藤濯の翻案(直訳では『小さい大公』)であるた
め、新訳本の出版の際には新訳にふさわしい別の書名をつけるか、本の扉裏やあとがきに内藤濯の考案であることを明示
してほしいと、岩波書店などは要望している。
映画監督のオーソン・ウェルズも実写とアニメーションの融合による映画化を考えていたことがあり、アニメーション部
分はディズニー・プロに依頼していたようであるが、実現はしなかった。
慶應義塾大学助教授の片木智年によると、日本における「星の王子さまブーム」は2006年の時点で3回あったという。1回
目は研究者らによる謎解き本が多数出版された1980年代、2回目はサン=テグジュペリ生誕100周年の2000年前後、3回目は
数社から新訳が出版された2006年前後で十数社で刊行された。これに対し加藤晴久が2007年に、書肆心水で『憂い顔の「
星の王子さま」続出誤訳のケーススタディと翻訳者のメチエ』を刊行し、内藤訳と新訳14冊を検証、強く批判している。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
星の王子さま懐かしい。
小学生の時何度も繰り返し読んだことを思い出しました。
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